なにから語ればいいかわからないので過去に遡る
嫁とは学生時代からの付き合いで、私の就職とともに付いてきて一緒に住むようになった
それから1年たってケジメとして入籍した
私の両親は反対していたが半ば押し切る形であった
そのころはもちろん病気ということもなかった(とはいえ兆候は十分にあった)
そもそもはこれが間違いだった、自堕落な私は家事をこなしてくれる存在を手放せなかった
多少の難はあろうと向こうも自分の意思でついてきたのだから
ほどなく息子を妊娠するのだが、その行動は妊婦のそれではなかった
酒、タバコはもちろん自分のしたいことは何一つやめなかった
激しい運動をして切迫流産しかかったがそれでもだ
臨月になると大騒ぎして病院に入院し、早く出産させろと要求した
その過程で医師にも暴言を吐き、母親として大丈夫かと疑問符をつけられる始末
予想に反して嫁は子供を愛していた
しかし、根本的に欠落している部分は補完されるわけもない
彼女のスタンスはいつでも「自分の邪魔にならない程度」なのだ
気分や自分の都合で豹変するのだからこちらは気が気ではない

息子は言葉が遅かった
そして風邪をひいて連れて行った病院で児童相談所行きをすすめられた
私は会社を休み、子供を連れて行った
嫁はついて来なかった
幾つかの検査を受け、宣告を受けた
私はたまらずに聞いた「この先、普通のレベルの発達をする可能性はあるんでしょうか」と
「わかりません、が知る限りそのような前例はありません・・・」
それが答えだった

嫁はひどくショックを受けていた
それでも少しでもこの子のために親として努力しようということには賛同した

・・・口だけは

私は相談所で紹介された療育施設と連絡し、通所できるよう手続きをとった
月に数回、昼間に親がつきそって通所する、親は必ず所内にいなければならないということだった
嫁はアルバイトをしていた(自分の小遣い稼ぎで家計には全く寄与していない)
が当然、通所付き添いをしてくれるものと思っていた

結論からいうと嫁は2年間で1度たりともその役目を果さなかった
「仕事が休めない」などといってその日をあけることもしなかった
そして、この2年の間私は会社を抜けて子供に付き添った

しかし、口だけの嫁はとんでもない暴挙に手を染めた
私の嫁に対する感情はこの時をもって消滅した
もっとも嫁のほうはそれ以前、(結婚直後か)からそうだったのかもしれんが

離婚を決意し、1ヶ月の猶予期間内に出て行けと通告した
そして期日、嫁は家に鍵を掛けて篭城した
深夜に及ぶ係争のはてに息子が涙とともに訴えた

そしてこのとき私ははっきりと今回の人生を諦めた







コメント

ヴォルフガング
ヴォルフガング
2010年5月11日8:57

こちらこそよろしくお願いします。
多分私たちに必要なことは、『嫁や子どものため』ではなく、
自分のために頑張ること。
それがまず以って必要なんじゃないですかね。
お互いに情報交換をしながら、良い方向に進めると信じて頑張りましょう。

最新の日記 一覧

<<  2025年6月  >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293012345

お気に入り日記の更新

テーマ別日記一覧

この日記について

日記内を検索